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呼吸をする度に、ふわりと良い匂いに包まれる。幸せな空気に微睡み、僕は起きるのを先延ばしにしていた。
ふと瞼の裏に視線を感じ、目を開ける。
良い目覚めだなと思った。
「……はよ」
「おはよう」
愛する女が隣りに寝そべっている感覚を、長い間忘れていた。
寝起きの幸子は妙に色っぽく、僕は彼女を抱き寄せた。
「あら、思ったより早いのね?」
階下へ降り、リビングにいる母さんと目が合った。母さんのおはようの挨拶に苦笑を漏らす。
「幸子ちゃんは?」
僕の後ろに幸子が居ないと分かり、母さんが二階を見上げる。
「あ、うん。上でシャワー浴びてから来るよ。朝飯、これ?」
時間はもう九時に差し掛かろうとしていたので、お腹が空いていた。僕はキッチンに置かれた二人分の食事を見て訊いたのだが。
「……檜、ちょっと」
母さんが小声で僕を手招きする。
「なに?」
「あんた、もうちょっと幸子ちゃんの体もいたわってあげなさいよ?」
「……は?」
「昨日。フライトで疲れてるのにお酒もガバガバ飲ませて、あんなに激しくして」
咎めるような口調と、その内容に気付かされ、僕の頬はカッと熱くなる。



