「……凄い。音楽漬けだったんだ。本当に天才音楽少年だったもんね」
ぽつりと出た一人言の様な私の台詞は、無意識だ。
そんな聞こえたかどうかも分からない、小さな台詞に彼が反応した。
「思い出してくれてるじゃん! 全く天才ではないけど!」
「う、うん。雅人くん、だ。ごめんなさい。ずっと忘れてて……」
「うん。泣きそうだった」
眉が下がり、哀愁漂わせる表情は、私の胸を締め付けた。
「本当に、ごめんなさい」
「いいよ。俺の存在、思い出してくれて、それだけで満足だよ」
もの凄く優しい。
そういえば、昔からだ。
どんなに演奏が上手くても、天狗になるようなことはなく、謙遜するような子だった。
それを周りには、嫌味にとられることも多々あった。
実際に、彼を妬んだ悪口を聞いたこともある。
それでも本人はそういう人たちを悪く言わずに「こう出来るようになりたい」だとか「ここを克服するには……」だとか、貪欲に成果を求める努力家だった。
いつでも「もっと、もっと」と自分に厳しくて、周りには微笑んでいる、そんな子だった。
「雅人くん、変わらないね……」
「そっちこそ。俺なんて、一発で澪ちゃんだって分かったよ」
「ありがと……」
照れ臭くて、語尾が消え入る。
2人で真っ赤になっていると、理ちゃんが雅人くんを指差し言う。
正直、理ちゃんの声が聞こえるまで、そこに居たのを忘れていた。
「雅人。それ、今日、楽器持って来てるのか」
雅人くんの肩に掛けられた、お尻ぐらいまである大きさの真っ黒のケース。
間違いない、あのステージで見たサックスだ。
彼が頷くと、理ちゃんは分かりにくいけど、生き生きとした表情で手招きの動作をする。
「久しぶりに合わせよう。中にまだ、ドラムの親父も居るから」
「おっ、やりましょう」
雅人くんは、即答する。
無邪気に、理ちゃんもおそらく無邪気にはしゃいで、店の中へと入っていった。
雅人くんは扉を押さえて、私が来るのを待っている。
「澪ちゃん!」
「あ……は、はい!」
私も慌てて、中に駆け込んだ。



