二人から離れるなんてこと、もう出来っこない。

 離れたらきっと、不安で、寂しくて仕方なくて、二人の面影を、ずっと探してしまうと思う。

 彩希にはもう、こんなに素敵な旦那様が二人もいるのだから。

 彩希は抱きしめてくれる彬親に甘えるように体を預け、顔を胸に擦り寄せた。

 すると、ふわりと、彬親の優しい香の薫りが彩希の鼻を掠めた。

(あ……、彬親様の薫り……)

 それはけして強く薫るものではないけれど、いつの間にか嗅ぎ慣れた、とても安心する薫り。

 だから、それを嗅いだ瞬間。
 思わず泣きたいくらいに、胸がきゅうっ、と切なく締めつけられた。

「さぁ、何をしているの。
さっさと、帰るといい。
捨てた後なんだから、もう必要ないだろう?」

「…………っ」

「彼女はもう、私達の姫だ。
お前などに、渡すつもりなど欠片もない」

 帰れ。

 芳哉にしては珍しく、敵を追い立てるような冷たい言葉遣い。
 そして、目の前の男を威嚇するような、鋭い声だった。

 芳哉は、宮中でも普段から、優しく穏和な性格で知られている。

 めったに怒りをあらわにすることがない、とも。

 その芳哉を怒らせ威嚇され、尚且つ奪われて。
 目の前の男が、平然といられるわけがない。

「そ、そうでございましたか……。
それは、過ぎた事を……」

 男は明らかに挙動不審な声で言葉を紡いでいた。
 まるで、そんな言葉を返されるとは考えてすら、いなかったように。

 しばらくの沈黙のあと、彼が御簾の向こうで、おもむろに立ち上がった。

「では、私はこれで、お暇させていただきます」

 その言葉だけを残し、その男はバタバタとまるで逃げるように走り去っていった。