顔を上げると、確かにそこには、月も星も見えなかった。
暗い色の雲が、空全体を覆い隠している。


「後で天気予報確認してみないと……」


そう呟いて、視線を下ろす。
ふと隣を見れば、灰色の瞳は未だ空を見上げていた。

そういえば彼と出会ったのも、こんな月も星も見えない日のことだった。
何気なく見上げた視界の端に、映り込んだ不思議なもの。


「まさか、こんなことになるなんてね……」


どうすれば元の平穏な生活に戻れるか、彼が私の前からいなくなってくれるかと、そればかり考えていたの、それを望んでいたはずなのに、今ではたまに夕飯を一緒に食べるし、休日には買い物にも行くし、帰りが遅くなるとこうして迎えに来てくれたりもする。

こんな未来は想像していなかった。想定外だ。


「何か言いました?」


ようやく視線を下ろした彼は、私を見て首を傾げる。それに、何でもないと首を横に振って答えた。
すると彼は「あっ、そうだ叶井さん!」と思い出したように声を上げる。