そのこともあり、仕事終わりに家に直帰するのは気が引けて、私の足はアネッロへと向かった。もちろん、マスターに新作の試食なんて頼まれてはいないけれども、普通に食事をして近況報告をして帰ろう、そんな風に思っていた。


「マスター、こんばんは」

「おぉ、蜜葉ちゃんじゃないか! 今日はひとりかい?」

「はい。マスターのオムナポリを堪能したくて来ちゃいました」

「嬉しいことを言ってくれるね。さぁ、こちらの席へどうぞ」

いつもみたいに優しい笑顔で迎えてくれたマスターに心がほっこりとした。ここは私の憩いの場だ。

「あれ? 今日、奥さんはいないんですか?」

「今日はもう上がって、娘に代わって孫の世話をしているよ。今頃、お風呂にいれて寝かしつけてるところだろうな。孫の寝顔は本当に天使みたいで可愛いもんだよ」

「デレデレですね」

「あはは。孫バカだからな」

マスターの幸せそうな笑顔が弾けた。四十代後半のマスターにはすでにお孫さんがいる。

マスターの娘さんは、私より四つ歳下の二十二歳。去年、運命の人と出会って結婚をして、すぐに子宝にも恵まれたそうだ。

可愛い娘ちゃんを産んで、マスターに孫の顔を見せることができて、それは最大の親孝行だろう。