「芹澤さんは覚えていないかもしれないが、数年前にある喫茶店の前で君に声を掛けられて少し話をした。そしてそんな君がうちの会社に入社してきて、あのときの子だと目で追うようになってね」

あのときのことを覚えていてくれたことが素直に嬉しいと感じる。

「覚えていてくださったんですね。実は私もあのときの方が副社長だと気付いていました。だけどお礼を伝えるきっかけが掴めずにここまできてしまいました。あのときは本当にありがとうございました」

やっとお礼が言えて胸の内がスッキリした気がする。

「お互いに気付いていたんだな。ならば持った早く声を掛ければよかったよ。会社で芹澤さんが真摯に仕事に向き合うところや誰よりも早く出社して掃除や仕事の準備に取りかかる姿を見て感心していた。そして時折見せる君の笑顔にいつの間にか心を奪われたんだ。だからもう一度言うが、付き合ってほしい」

そんなことを言われれば素直に嬉しい。だけど、副社長と付き合うなんてそんなの絶対に有り得ない。副社長と私が釣り合うわけがないもの。現実主義者の私にはそんな身の丈に合わない危険な恋愛をする気なんてさらさらない。

「も、申し訳ありません! 大変光栄なお話だとは思いますが、丁重にお断りさせていただきます!」

「なぜ? 芹澤さんは俺のことが嫌いか?」

「嫌いとかそういうのではありません。むしろ尊敬しています。優しい方だとも思います。ただ、副社長と私とでは住む世界が違いますし釣り合うわけがありま……」

「俺のことが嫌いではないということが分かればそれでいい」