ーープルルルル

ぼんやりとそんな事を考えていたら、サイドテーブルの上に置いていた携帯から着信音が耳に届いた。誰だろう? ベッドから体を起こして、携帯のディスプレイに目をやる。

「マスターからだ」

ディスプレイに踊っていたのは、アネッロのマスターの名前だった。

「もしもし?」

珍しい相手からの着信に、これはどうしたものかと疑問を抱きながらその電話に出た。

『あ、蜜葉ちゃん、いきなり電話してごめんね。今、少し話せるかい?』

「あ、はい。大丈夫ですよ。どうしたんですか?」

『こないだ蜜葉ちゃん、お店にハンカチを忘れていってたからそれの連絡と。あと実は店の新作料理の試作品ができてさ、それを蜜葉ちゃんに食べて感想を貰いたくて。タッパーに入れて冷蔵庫に置いてあるんだけど今日、仕事帰りにでも取りに寄れるかな、なんて思ってね』

「そうだったんですね」

マスターはまだ私が会社にいると思って電話をくれたらしい。せっかくのマスターからの新作の試食のお声掛け。

食べたい欲求と、もしかしたらまた副社長と顔を合わせるかもしれないという心配からアネッロに顔を出すことは避けたい……そんなふたつの想いに心が揺れる。

それでも……。