お互いが、段々と顔の距離を縮めていく姿を観て、俺は左手に意識を集中させる。

「っ……。」

2人の唇が重なった。
俺は、そっと彼女の方を見て、自分の左手を、彼女の右手に添えようとした。
その時──
キスシーンがトリガーのなったのか、突然、彼女と佐倉がキスしている写真が、脳裏を過ぎった。
それはほんの一瞬の出来事だったけれど、俺の左手を止めるのには、十分すぎる時間だった。

「…………。」

俺はいつの間にか勝手に、映画の中の2人を、自分と彼女に置き換えて、物語を追っていた。
しかし…、彼女はどうなんだ?彼女は、誰を思い描きながら、この映画を観ていたのだろう。
それは、俺じゃなくて、佐倉なんじゃないのか…?
好きなのは、ずっと傍にいたいのは、手を握られたいのは…、俺じゃなくて、佐倉なのではないだろうか。
もしそうだとしたら、今俺がしようとしていることは、相手のことを考えない、恐ろしく利己的な行為だ。
こんなことをしても、彼女は喜ばない。
最初から分かっていたはずだ。いくら、女子がドキッとする行為だったとしても、彼女はそれを求めていない。ごく一般の女子と彼女を同じだと考えてはいけない。