「もし、私が迷子だったとして…。」
「えっ?」
「もし、仮に私が迷子だったとしたら、佐倉くんは私のことを助けてくれるんですか?」

私は一体、何を聞いているのだろう。こんなことを聞く意味は無い。
過去のことを引きずって、“あの時”、あの場に佐倉くんがいたら、助けてくれたのか…だなんて、馬鹿みたいだ。

「助けるよ。」

なんの迷いもないように佐倉くんは言い放った。

「どうして…?」
「困っている人がいたら、助けるのは当たり前だと思っているから。」

ああ。この人は、当たり前に善人だ。
私だから助けるわけではない。反対に、私だから助けないわけでもない。困っているから、助けるんだ。ただそれだけなんだ。
それは、ごく当たり前のように思える。でも、そうではないことを私は知っている。
私が困っていたあの時、男の人が怖くなったあの日、クラスメイトは誰一人として、私のことを助けてはくれなかった。
誰だって良い人ぶりたい。でも、いざ目の前に困っている人が現れて、それを何の迷いもなく自然に助けられる人なんて、そう多くはいないと私は思う。善人になりきれない偽善者。この世は、そういう人で溢れかえっている。

「佐倉くん。」
「何?」

その時、初めて佐倉くんと目が合った。
今まで、自分からは人の目を見ないようにしていた。でも、今だけは──

「助けてください…。」