「真島くん?」

水原の声で我に返って顔を上げると、心配そうに眉をひそめてこちらを見つめていた。

「何でもない。彼女の好きな物なら、一つだけ知っている。」

ほとんどコミュニケーションを交わしていなかったとしても、視覚から読み取れる情報もある。
俺だって、彼女に全く興味が無いわけではない。

「彼女の好きな物は、小説だ。」
「小説かぁ。何の小説を読むの?」
「そこまでは知らない。」

いつも淡い黄色のブックカバーを付けているから、題名までは分からない。

「それなら、デート場所は映画館だね。」
「映画館…?」

好きなのは小説だ。確かにどちらも物語であるが、そんなに単純な考え方で良いのだろうか。

「実はね、今丁度、有名な小説家が書いた恋愛小説を映画館したものが、近くの映画館で上映されているんだ。小説好きならおそらく知っているんじゃないかな。」

その直後に彼が言った小説家の名前を聞いて納得した。1度も聞いたことがないという人の方が少ないだろう。

「なるほど。」
「じゃあ、俺が一度誘い方のお手本を見せるよ。真島くんは彼女役ね。」

何故、俺が彼女役などというものをやらなければならないのか…と思ったが、水原は俺の腕を掴み、教室の前の中央へと連れて行った。