「お兄ちゃ──」

顔を上げると同時に反射的にそう言ってしまったが、勿論声の主はお兄ちゃんではなかった。そして、顔を上げてとても驚いた。

「佐倉くん…!」

佐倉蛍貴。入学当時から気になっていた相手だ。こんなところで偶然出会うなんて。
鼓動が速くなる。
佐倉くんは、以前、私と話がしたいと言っていた。きっと、揶揄(からか)われただけだと思うれど…。

「こんな所でどうしたの?」
「べ、別に、どうもしていません。ただベンチに座っていただけです。」

私は、男の人が怖くて、普段は控え目な返事や感情を全て取り去ったような話し方をしてしまう。それなのに、佐倉くんだけは違う。佐倉くんの前だけは、強がって、可愛くない返事をしてしまう。この前だって、本当は佐倉くんともっと話してみたかったのに、わたしは逃げてしまった。

「本当?僕の思い過ごしかもしれないけど、とても困っているように見えたから。」
「こ、困ってなんていません。」
「…もしかして…、迷子?」
「迷子になんて、なるわけないじゃないですか。」

どうして…。どうして迷子だと分かったのだろう。もしかしたら、冷静になっているつもりだったが、迷子のような立ち振る舞いをしてしまっていたのかもしれない。

「そうだよね。変なこと言ってごめん。」

佐倉くんに謝られて、罪悪感を感じた。
こんなこと、言うつもりじゃなかったのに。私、何してるんだろう…。