「商品の方は、着て帰られますか?」
「えっと…」
「折角だから、着ていったら?」
「じゃあ、着ていきます。」

結局私はお兄ちゃんに服を買ってもらって、洋服屋を出た。
お店に入った時よりも、人の数が圧倒的に増えている。時計を見ると、午前11時30分を指していた。お昼に近づいたから、人が増えたのだろう。
私は、洋服屋で試着室に入った時から気になっていた質問を、お兄ちゃんにすることにした。

「ねえ、どうして恋人だと疑われた時、否定しなかったの?」
「どうしてだと思う?」
「分からない。」
「本当に?」

本当に、分からない。そんなことをしてもメリットが何もないし、まさか否定するのが面倒だったわけではないだろう。

「本当に分からない。」

私がそう言うと、お兄ちゃんは溜息をついた。

「本当に分からないなら、教えてあげる。」

その瞬間、いつもおちゃらけているお兄ちゃんが、突然真剣な顔で私を真っ直ぐに見つめた。

「間違われても良かったからだよ。」
「へっ…?」
「いや、間違われたかったって言う方がより正しいかもしれない。」
「お、お兄ちゃん…?」

お兄ちゃんは、私から目を逸らそうとしない。
間違われたかったって、そ、それって──

「な〜んて!」

お兄ちゃんの表情がいつもの表情に戻った。

「やった〜!藍が驚いてる顔、久しぶりに見た〜!」

い、今のは全て、私を驚かせる為の演技…?ただ私を驚かせることだけの為に、お兄ちゃんはわざと従兄妹であることを店員さんに隠していたのだろうか。だとしたら、物凄い計画力だ。
いや、そんなことより…、お兄ちゃんって、こんなに格好良かったっけ…?

「あっ…!」

頭の中が混乱し、必死に整理しようとしていると、見知らぬ人にぶつかり、私はスマートフォンを落としてしまった。

「す、すみません…。」

ぶつかった人に謝り、スマートフォンを拾い上げる。その瞬間、私は大変なことに気がついた。

──お兄ちゃんがいない──