「お仕置として、今ここで、甘い言葉を呟いてもらいます。」
「甘い言葉…?」
「うん。何でも良いよ。」

そんなことをいきなり言われても、そもそも甘い言葉が何なのか分からない。
影石さんは、期待の眼差しで、湖川さんは不安そうな表情で僕を見ている。
どうにか誤魔化す方法を考えるが、思い当たらない。
仕方無い。我慢して諦めることは、昔から得意だ。

「もう無理。定時で帰れないなら、仕事辞める。」

僕が言うと、僕の周りに、何とも言えない、微妙な空気が漂った。

「え?蛍…貴?それが、甘い言葉?」
「雰囲気が出せなくてごめん。こういうのには慣れていないんだ。」
「そうじゃなくて。それって、“甘い言葉”じゃなくて、“甘っちょろい言葉”じゃない…?」
「え?そうなの?」

今の言葉が“甘い言葉 ”でないのなら、どれが“甘い言葉”なのだろう。
やはり僕には分からない。

「あはははは。蛍貴って、面白いんだね。」

影石さんがお腹を抱えて笑った。
なんとなく、恥ずかしい気分になる。

「“甘い言葉”っていうのは、『大好きだよ』とか、『君が1番だよ』とか、『結婚しよう』とかそういう言葉のことだよ。」

そ、そうだったのか…。それが正解なのなら、確かに僕の答えは正解から程遠い間違いだ。笑われてしまうのも、無理もない。

「まあ、いいや。今度『影石』って言ったら、ちゃんとした甘い言葉を言ってもらうからね。」

それは大変だ。できれば、僕は思っていないことを口にしたくは無いのだ。
影石さんは、そんなに苗字で呼ばれるのが嫌なのだろうか。名前に執着する理由を少し知りたいと思うけれど、踏み込む勇気は無い。