「はっ!」

彼の声で我に返り、顔を上げると、思った以上の至近距離に彼がいて驚き、私は反射的に二歩引き下がった。

「ご、ごめんなさい。少し、ぼーっとしてました。」

そういえば、今、彼は初めて私の名前を呼んでくれた。
そんな、場違いなことを思った。

「それで、えっと、さっきの質問は何でしたっけ。」
「いや、もういいよ。」

彼は再び前を向き直した。
そうだ。私は彼にお礼を言わなくてはならないのだった。

「あの、真島くん。」
「何だ?」

前を歩く彼は、振り返らずに返事をした。

「あの、先程はありがとうございました。」
「別に。」
「どうして真島くんもチラシ描いていたのですか?まさか、こうなることを予想して?」
「そんなわけないだろ。エスパーじゃあるまいし。」
「なら、どうして…。」
「君が描き終わらなかったら、練習ができなくなるだろ。それは困るからな。だからもしもの時の為に、描いておいただけだ。」

なるほど。そういうことだったのか。

「ありがとうございます。そこまで考えてくださって。でも、私達はパートナーですが、助けてくれなくてもいいですよ。」

実際、今回の件で、真島くんは『絵が下手』というイメージがついてしまっただろう。

「パートナーだから助けたわけじゃない。」
「え?」
「君、男子から責められた時、震えてたから。」

そうだったのだろうか。自分では普通を装っていたつもりだったから、よく分からない。

「震えてる人を見て、放っておけるわけ…ないだろ。」

そう言った真島くんは、どこか寂しそうに見えた。