「こ、こんな、出来損ないが書いた作品なのに…。」
「どうしてそんなに自分を卑下(ひげ)するのですか…?」
「それは、事実だから。」
「そんなことないですよ!」

湖川さんの声が少しだけ強くなった気がした。

「佐倉くんの言葉は、いつも優しいですから。私、佐倉くんと話すの…、楽しいと思っているのですよ。」
「えっ…。」

予想もしていなかった。湖川さんが僕との会話を楽しいと思っていたなんて。
僕は、ずっと心の何処かで、迷惑なのではないかと不安だった。でも、そんなことなかったんだ。

「そんな人が書いた小説が、無価値なわけがありません。もし、無価値だと言う人がいたのなら、私はその人を、絶対に許しません。」

ああ、嬉しい。あまりにも嬉し過ぎる。
やっぱり、湖川さんは僕に優しくしてはいけない。
だって…、もう、どうしようもないんだ。
どうしようもないくらい、僕は湖川さんが好きになってしまった。

「佐倉くん…?」

本当は、認めたくなかった。恋愛感情を全否定して、この高校に入学した自分が、パートナー以外の女の子を好きになってしまうなんて…。
本当は、ずっと抑えておくつもりだった。

「分かった。この小説、湖川さんに貸すよ。」
「えっ?」

母に、小説のことを否定された後、僕は母に小説をすみからすみまで読まれ、更に、いくつもの心無い言葉で罵倒(ばとう)された。
だから、誰にも読んで欲しくなかった。
捨ててしまいたかった。
でも、湖川さんなら…。

「いいのですか…?」
「うん。」
「あ、ありがとうございます…!あの、直ぐに読んで直ぐに返しますので…!」
「いいよ。そんなに慌てなくて。」
「でも…。」
「本当にいいんだ。」

ずっと、手放したいと思っていた。いっその事、引き取って欲しいくらいだけど、それはさすがにおこがましい。