「たまたま見えたのですが、作者のところ、佐倉くんの名前が書いてありませんか？」

僕は急いで本の表面が見えないように隠した。

「気のせいだよ。作者名、平仮名だから、読み間違えたんだと思うよ。」

内心、ヒヤヒヤとしているが、僕は平然な顔で嘘をついた。
この小説は、僕が丁度去年の今頃に書いた小説だ。あまり、良い思い出はない。

「では、作者は誰ですか？」
「それは──」
「その本、良かったら読ませて欲しいです。」
「だ、駄目！」
「そうですか…。」

少し強い言い方になってしまって、直ぐに反省する。

「ご、ごめん…。」
「あ！窓の外を見てください！陽芽と真島くんが、大変なことになってます…！！」
「え？」

僕は窓の外を確認した。
その瞬間…、

「ふふっ。」

一瞬、湖川さんの笑い声が聞こえて、彼女の方を振り返ると、彼女の手には、しっかりと小説が握られていた。代わりに自分の手の中には、何も無い。

「あ…！！」

しまった。完全に油断していた。
そういえば少し前、返却されたテストを隠した本田くんも、同じ手口で陽芽さんに回収されていたことを思い出した。
あの時は、本田くんに呆れてしまったが、自分もその罠にまんまと引っかかってしまうなんて。
なんだか、おかしい。