湖川さんの話については、とても驚いた。てっきり、昔から無口なのだと思っていたが、違ったんだ。明るく振る舞う湖川さんを、僕は上手く想像できない。

「それなら、湖川さんはどうして…。」
「後で陽芽に聞いたらね、中学時代、色々大変だったみたいだよ。でも、それは僕の口から言って良いことではないし、蛍くんは知らない方が良いと思う。過去のことなんて何も知らないまま、藍と関わって欲しい。」
「それが湖川さんの為になりますか?」

湖川さんは、きっと何らかのトラウマを持っているのではないかと思う。
何も知らずに僕が関わって、触れてはいけない部分に触れてしまわないか心配だ。

「蛍くん、僕は時々思うんだよ。」

裕さんが、ぼんやりと遠くの方を見つめながら言った。

「藍を助けられるのは、蛍くんなんじゃないかって。」

今まで僕を敵対視していた裕さんが、いきなりそんなことを言い出すのだから、拍子抜けだ。

「そんなわけないですよ。僕は裕さんのように、昔の湖川さんを知りませんし、 真島くんのように、彼女のパートナーでもありません。ただのクラスメイトですから。」

実際、そうだ。関係性としては、僕が一番薄い。元々、湖川さんと話すようになったのは、僕が勝手に湖川さんと話してみたいと思ったからだ。僕が一方的に話すことを諦めてしまえば、必要最低限以上の会話をすることはなくなるだろう。
僕達は、そんな不確かな関係だ。

「そこまで深い関係性を持っていないからこそだよ。それに蛍くんはとても優しい。」
「『でも、優し過ぎる。』…ですよね?」

昔、父から言われたことを思い出す。

「優しい過ぎるって、自分で言っちゃう?」

確かに、いくら父の言葉だったからといって、これを自分の口から言うのは、おかしかったかもしれない。

「いえ、昔、父からそう言われたので。」
「なるほど。うん、確かに優し過ぎる。」
「ですよね…。」
「でも、藍にはそれくらいがいいんだよ。」

裕さんが微笑んだ。