「では、どうして貴方はここに来たのですか?」

湖川さんは、まだ僕のことを警戒しているようだ。ここは下手に誤魔化すのではなく、自分の気持ちを正直に話してしまうのが良いだろう。

「純粋に君と話がしてみたかったからだよ。」

僕がそう言うと、彼女の顔が赤くなった。

「へっ…!?」

そして、彼女は僕から目線を逸らした。
その瞬間、今まで味わったことのないような、心を(くすぐ)られるような気分になった。
なんというか…、そんな表情もできるんだ。いつも無表情で、そんな彼女興味を持ったのだけれど、今のような驚いて照れている表情も似合っている。

「は、話って、何をっ…!?」
「何でもいい。そうだな、例えば本とか。」
「本…ですか?」
「いつも何を読んでいるのか気になっていたんだ。よかったら教えてくれないかな?」
「べ、別に、ただの小説です。というか、貴方にそんなことを教える義務はありません…!」

流石にこの質問は直球すぎただろうか。でも、僕は会話の達人ではない。直球以外にどう話して良いのか分からなかった。

「パートナーでもないのに。やっぱり揶揄ってるんですか?どうせこの後、仲間達に変な噂を流すんですよね…!?」

パートナー。そういえば、まだ決まっていなかったな。近頃発表されるのだろうか。まあ、今はそんなことは関係ない。湖川さんと初めて会話できているという事実に価値がある。

「流さないよ。」

僕は湖川さんの方へ一歩歩み寄る。
しかし、湖川さんは三歩引き下がり、先程よりも二歩分距離が広がった。

「でも、まあ、何を話したか聞かれたら、僕がフラれたとでも言っておこうかな。」

冗談でそう言ってみた。いや、実際に本田くん達に何を話したのか聞かれたら、本当にそう答えるかもしれない。

「ふ、ふざけないでください。あ、貴方と話すことなど、何もありませんから…!さようなら!!」

そう言うと、湖川さんは走って行ってしまった。追いかけようかと迷ったが、追いかけて欲しくなさそうな後ろ姿に見えた為、やめておいた。
そしてそのまま、湖川さんの後ろ姿をぼーっと見つめた。

「嫌われたかな…。」

もっと上手く話せたら良かったけど、僕には難しかったみたいだ。しかし、後悔はしていない。これで良かった。自分の意志で行動した結果なら、どんな結果でも、僕は満足だ。