「残念だったねー、2人共。もう1回チャレンジしてみる?」

「うーん……。出来る気がしないです……」

「私も……」


 しょんぼりと落ち込む美兎ちゃん。
 残念ながら、何度チャレンジしてもきっと無理だろう。諦めるのは賢明な判断だ。

 落ち込む美兎ちゃん達にクレープを買ってあげようと、財布を取り出した——その時。健が口を開いた。


「瑛斗にチャレンジしてもらったら?」

「……え? いや、俺は普通に——!!?!!?」


 普通に買ってあげる。そう答えようとした俺の目に飛び込んできたのは、美兎ちゃんからの焼け焦げる程に熱い視線。


(そ……っ、そそそ、そんなに情熱的に……俺を、見つめて……っ)


「瑛斗先生……。お願い」


(ガハァァァア…………ッッ!!?♡!!♡!!?♡)


 その衝撃的な可愛さを前に、足元からガクリと崩れ落ちそうになる。それを近くにあったパイプを掴んで必死に堪えると、俺は空いた片手で吐血した口元をひっそりと拭った。
 突然のおねだりとは……反則技もいいところだ。どうやら、美兎ちゃんは俺を殺す気らしい。


「……でっ、できるかなぁ?」


 フラフープなど微塵もやる気はなかった俺だが、こんなに可愛くおねだりされてしまっては、やらない訳にもいかない。
 ましてや、可愛い可愛いハニーからのお願いとあっては、断るなんて選択肢は——俺にはない!

 そして、やるからには全力だ。
 ここは一つ、カッコイイ姿を見せてアピールする最大のチャンスでもあるのだ。


「……じゃ、3分なっ。瑛斗、がんばれ〜!」


 そんな健の声を聞きながら、フラフープ片手に闘志を燃やす。


「それじゃ……スタートッ!」


(しゃらくせぇーーっっ!!! フラフープごときに、俺が負けるかぁぁあーー!!! ……こんなもん、セッ◯スと同じだぁぁあーー!!! グハハハッッ……!!!)


 脳内で高らかな笑い声を響かせながら、全力で腰を前後させてフラフープをぶん回す。
 当初は余裕に思えた3分間も、やってみると予想以上に長く感じる。だが、負ける訳にはいかない。

 これも、いつか迎えるであろう、美兎ちゃんとのパンパンの練習だと思えばいいのだ。


(そう……っ。全ては、愛の為に——!)

 
 不純な妄想と美兎ちゃんへの純粋な気持ちを抱きながら、地獄のように長く感じる3分間を乗り切った俺。
 息の上がった呼吸を整えながら、鈍痛を訴える腰をそっと抑える。どうやら、全力でやりすぎたらしい。


「——瑛斗先生、凄いっ!」

「……アハハッ。なんとかクリアできたよ。クレープ、良かったね」

「うんっ! ……ありがとうっ!」


 美兎ちゃんのこの満面の笑顔を見る限り、どうやら無事に俺の愛は証明されたようだ。
 この笑顔と引き換えなら、負傷した腰の痛みなど容易いものだ。
 

「あー、ちょっと待って。賞状もあるから。今、用意するわ」


 そんな事を言いながら、段ボールから1枚の紙を取り出した健。ささっと何やらマジックで書き足すと、出来上がった紙を俺に向けて差し出してくる。


「……盛りのついた犬みたいで、クッソうけたっ」


 俺の耳元でそう告げた健は、ブフッと吹き出すと必死に笑いを堪える。
 そんな健には殺意が湧くが、これも美兎ちゃんとの思い出だ。賞状はありがたく受け取って、後生大事に部屋にでも飾るとしよう。

 これは言うなれば、美兎ちゃんへの”愛の証明書”みたいなものなのだ——。


「すごーい! 賞状まであるんだぁー!」


 健から賞状を受け取る俺を見て、キラキラと瞳を輝かせる美兎ちゃん。


(……そうさっ! これは、うさぎちゃんと俺との……っ、愛の証明書なんだよっ♡♡♡♡)


 これはもう——婚姻届と言っても過言ではないだろう!

 
 喜びから鼻の下の伸び切った不気味な笑顔を見せる俺は、健から受け取ったばかりの賞状——もとい、”愛の証明書”を確認する。


「…………」


(ぶっっっ、殺す——!!!!!!!)


 途端に般若へと変貌した俺は、手元の賞状を地面へと投げ捨てた。

 そこにあるのは、【犬みたいだったで賞】と書かれた賞状。


(神聖なる俺達の”愛の証明書”を汚した罪は、その命を以って償ってもらおうじゃないか……っ!!! 覚悟しろよ……健っっ!!!!)


 楽しそうに俺の美兎ちゃんと話している健を見て、脳内で悪魔のような笑い声を響かせる。


 ——こうして、儚くも消えていった美兎ちゃんとの”愛の証明書”。
 
 その後、悪魔の分もやらない訳にはいかず、計6分間にも及ぶ全力フラフープチャレンジに挑んだ俺。
 翌日から、3日間に渡って腰痛に苦しむことになるとは——まだ、この時は誰も知らない。