初めて花屋で彼女を見た時、周りの風景が止まって見えた。
モノクロの視界の中で彼女と周りの花だけが生きていた。
賛美歌の神聖な音楽が聴こえ、それはぐにゃりと婉曲するように狂った女達の声になり狂想曲がガンガン耳に響く。
秋という季節柄か、周りには赤い花々がディスプレイされていたが彼女はそれらに塗りつぶされ仕舞いに鮮血となって滲みますます鮮明な画像になる。
飛び散る花弁達。
俺の喉がカラカラに乾いて唾を飲む。
確かに思った。
この女を喰いたいと。
「おかえりなさいませ。 お食事の用意が出来ております」
年嵩の執事が瑞稀を出迎える。
ブルーグレーの虚ろな瞳からはいつも表情が読めない。
「……食欲ない」
「いけません。 私が旦那様に叱られてしまいます」
瑞稀は溜息をついて部屋のドアを開ける。
裸の女が吊るされていた。
びくっとした様子で身体を固くしたその女は猿ぐつわを噛まされ、怯えた目で瑞稀を見ている。
「では、また片付けに参ります」
「ワズ、俺は食わない」
「……ご随意に」
鞄を置きソファに腰掛けて瑞稀は目の前の女を眺める。
肉感的で美しい女だ。
艶のある黒髪と同じ色の長い睫毛が涙で濡れている。
女が拘束された手首の鎖をガチャガチャ音を立てて身動ぎをする度に、ふるふると豊かな乳房が揺れる。
「可哀想にな」
瑞稀は無表情で呟く。
「俺が食わなくてもあんたはどうせ親父に食われる。 せめてその前に少しは楽しみたいか?」
手を伸ばし女の乳房をぐにぐにと揉む。
女は激しくかぶりを振った。
「そうか」
瑞稀はソファから腰を上げて部屋のドアを開ける。
その前に親父に会わないと。
無駄だろうが。
「……面倒くせえな」
瑞稀は無言で頑丈なドアを後ろ手で閉めた。
天井の高い書斎のような落ち着いた部屋だが、そこは広く豪奢な装飾が壁や天井に誂えてある。
「なんだ、また食事をしなかったのか」
「あの女を離してやれ。 それから、俺に『それ』を押し付けるのは止めてくれ」
男はやれやれという風に首を振った。
「お前ももう十九だ。 いい加減輸血用の血液だけでは身が持たないだろう」
「人の肉なんか食いたくねえ」
「生き物を喰らうのは自然な事だ。 陶酔のうちに死が訪れ、愛する者の血となり肉となって生き続ける。 お前の母親だって今は私の一部となっている」
静かに話す瑞稀の父、小田高雄はもう五十歳を超えているはずだが、どうみても三十そこそこにしか見えない。
裕福な小田の一族は実業家として代々栄えている。
その家業を支える当主は知力、体力、精力、胆力、活力に優れ、そしてその源は人間の女達の肉体だった。
つまり小田は人喰いの一族なのだ。
「瑞稀、お前は誤解している」
「私は女性を崇拝している。 彼女達は私達を産み、私達の糧となる。 その代わりに私は彼女らが望む以上の深い愛と快楽を彼女達に授け、そこから享受するエネルギーでこの世界を回している。 うちが多くの慈善事業を手掛けているのも知っているだろう」
「じゃあその情け深さを俺の部屋の女にも分けてやったらどうだ?」
「お前はたった一人の跡取りだ。 早く自覚を持ってくれないと。 では逆に聞くが、喰われないで死ぬのなら、彼女は何のために生まれてきたんだ? 無駄に土塊になるためか?」
「……あんたとは話にならない」
瑞稀は音を立ててドアを閉め、その部屋を後にした。
モノクロの視界の中で彼女と周りの花だけが生きていた。
賛美歌の神聖な音楽が聴こえ、それはぐにゃりと婉曲するように狂った女達の声になり狂想曲がガンガン耳に響く。
秋という季節柄か、周りには赤い花々がディスプレイされていたが彼女はそれらに塗りつぶされ仕舞いに鮮血となって滲みますます鮮明な画像になる。
飛び散る花弁達。
俺の喉がカラカラに乾いて唾を飲む。
確かに思った。
この女を喰いたいと。
「おかえりなさいませ。 お食事の用意が出来ております」
年嵩の執事が瑞稀を出迎える。
ブルーグレーの虚ろな瞳からはいつも表情が読めない。
「……食欲ない」
「いけません。 私が旦那様に叱られてしまいます」
瑞稀は溜息をついて部屋のドアを開ける。
裸の女が吊るされていた。
びくっとした様子で身体を固くしたその女は猿ぐつわを噛まされ、怯えた目で瑞稀を見ている。
「では、また片付けに参ります」
「ワズ、俺は食わない」
「……ご随意に」
鞄を置きソファに腰掛けて瑞稀は目の前の女を眺める。
肉感的で美しい女だ。
艶のある黒髪と同じ色の長い睫毛が涙で濡れている。
女が拘束された手首の鎖をガチャガチャ音を立てて身動ぎをする度に、ふるふると豊かな乳房が揺れる。
「可哀想にな」
瑞稀は無表情で呟く。
「俺が食わなくてもあんたはどうせ親父に食われる。 せめてその前に少しは楽しみたいか?」
手を伸ばし女の乳房をぐにぐにと揉む。
女は激しくかぶりを振った。
「そうか」
瑞稀はソファから腰を上げて部屋のドアを開ける。
その前に親父に会わないと。
無駄だろうが。
「……面倒くせえな」
瑞稀は無言で頑丈なドアを後ろ手で閉めた。
天井の高い書斎のような落ち着いた部屋だが、そこは広く豪奢な装飾が壁や天井に誂えてある。
「なんだ、また食事をしなかったのか」
「あの女を離してやれ。 それから、俺に『それ』を押し付けるのは止めてくれ」
男はやれやれという風に首を振った。
「お前ももう十九だ。 いい加減輸血用の血液だけでは身が持たないだろう」
「人の肉なんか食いたくねえ」
「生き物を喰らうのは自然な事だ。 陶酔のうちに死が訪れ、愛する者の血となり肉となって生き続ける。 お前の母親だって今は私の一部となっている」
静かに話す瑞稀の父、小田高雄はもう五十歳を超えているはずだが、どうみても三十そこそこにしか見えない。
裕福な小田の一族は実業家として代々栄えている。
その家業を支える当主は知力、体力、精力、胆力、活力に優れ、そしてその源は人間の女達の肉体だった。
つまり小田は人喰いの一族なのだ。
「瑞稀、お前は誤解している」
「私は女性を崇拝している。 彼女達は私達を産み、私達の糧となる。 その代わりに私は彼女らが望む以上の深い愛と快楽を彼女達に授け、そこから享受するエネルギーでこの世界を回している。 うちが多くの慈善事業を手掛けているのも知っているだろう」
「じゃあその情け深さを俺の部屋の女にも分けてやったらどうだ?」
「お前はたった一人の跡取りだ。 早く自覚を持ってくれないと。 では逆に聞くが、喰われないで死ぬのなら、彼女は何のために生まれてきたんだ? 無駄に土塊になるためか?」
「……あんたとは話にならない」
瑞稀は音を立ててドアを閉め、その部屋を後にした。