――わたしは、夏生になりたかった。
いつだって夏生を妬んで、羨んで。
わたしにないものを、あの時一番ほしかったものを全て持っていた夏生になりたくて仕方なかった。
今あの時に戻れたら、自分に教えてあげたい。
そうじゃないよ、と。
財布を持って、キッチンの前を通り玄関へ向かう。
「お母さん、行ってくるね。おいしいスープ作ってよね」
もうここずっと何年も、あの頃みたいな味のないスープじゃない、ちゃんとおいしいスープを作れるようになった母に、なんだか懐かしくなってふいにそんな言葉を投げかけた。
母はくすくすと笑っていた。
「夏生くんはいま、なにをしているんだろうね」としみじみ言いながら。



