腹ペコ令嬢は満腹をご所望です!【連載版】

 
 あれから二年の歳月が流れました。
 わたくし、クリスティア・ロンディウヘッドは十八歳。
 貴族学園に入学して、三年が経ち……間もなく卒業となります。

 が!

「お腹が空きました」
「さっき食べたばかりでしょう……」

 授業を終えて、教室から出るなりわたくしのお腹の虫が「ぐー」と鳴ります。
 呆れ顔のアーク。
 しかし、そう言いながらもポケットの中からクッキーを取り出して、わたくしの口の前に差し出します。

「あーん」
「! あーん!」

 ぱくり!
 こんな小さなクッキーなら、わたくし一口ですわ!
 甘くて、チョコチップの入ったクッキー!
 それにこの甘美なる味わいは……。

「これはミリアムのクッキーですわね!」
「正解。君がお腹を空かせたら食べさせて、と持たせられていたんですよ。それにしても、本当にミリアムの手作りだけはすぐに言い当てますよね」
「はい! ミリアムの手作りは別格なのです!」
「妬けますねー」
「アークのお料理も、全部美味しいですわよ」

 二枚目もアークが手ずから食べさせてくださいます。
 ああ、美味しい……口の中でとろけるような美味しさですわ。
 ほっぺが落っこちてしまいそう……!

「立ち食いははしたないですから、ラウンジに寄るのはどうでしょう? 今日のおやつはマフィンのはずですよ」
「食べます!」

 アークが手を差し出してくださるので、迷う事なく手を載せます。
 エスコートして頂くその道すがら、令嬢たちの熱視線 (殺意入り)が痛い事痛い事……もういい加減慣れましたけれど。

「クリス! アーク! ここにいたのか」
「ミリアム!」
「生徒会の仕事は終わったんですか?」
「ああ、もうすぐ引き継ぎも完了だ」

 ラウンジに座った時、ちょうど現れましたのはミリアムです。
 ミリアムは八年前の約束通り、主席卒業が確定。
 そして今もお料理を毎日しておられます。

「……え、また食べてるのか?」
「そうなんです。昼食も僕の三倍食べたのに、まだ足りないようで……」
「本当に燃費が悪くなったなー」
「ま、まあ! 失礼なっ! 健康になったのですわ!」
「「健康……」」
「なんですか、その目は!」

 確かにお二人と出会った頃に比べれば太りました。
 太りましたが、しかし! 標準体型、と言える範囲のはずです!
 ミリアムの上達していく料理の腕前のおかげで、今やすっかりケーキ以外も食べられるようになり、学園に入学してからはミリアムのレシピ以外……たとえば食堂のメニューも食べられるようになりました。
 今思うと、やはりわたくしの拒食症状は心労からだったのでしょう。
 家族と離れ、優しいエリザ様やアーク、美味しいご飯を作ってくださるミリアムのおかげで、わたくしは今や、どこから、誰がどう見ても! 普通の健康な令嬢です!

「あ……もうなくなってしまいました……」
「仕方ない。軽食も持ってきてあげますよ」
「ありがとうございます! アーク!」
「…………」

 ……なんとなく笑顔が複雑そうに見えたのは、きっと気のせいですわよね?

「こほん。……クリス……君はこの三年で本当に綺麗になったな」
「へ? 突然どうされたのですか? ミリアム……」

 なにを言い出されるのか。
 わたくしは普通の! 健康体型になっただけです。普通の!
 骨と皮だった時代を思えばなんで普通なのでしょう!
 確かにちょっと、普通のご令嬢よりは、よくお腹が空いて、ついでにそこそこな量を食べられる特殊体質になってしまったような気がしないでもございませんが、いえ、体型は普通です、このくらい! ええ、普通のはずですとも!
 お世辞を言ってもお腹は膨れませんわよ、ミリアム!

「約束を覚えているか?」
「? なんの約束ですか?」
「は、八年前の約束だ!」
「はっ! ……あ、え、ええ! ももももちろん覚えておりますわよ!」

 あ、その話ですね!
 はい、もちろん食事中以外は覚えております!

「! アーク、そちらのハムサンドもお願い致します!」
「うん、分かってるからミリアムの話を聞いてあげて」
「は、はい! 失礼しました!」

 着席!
 あ、ああ、ミリアム! そんな微妙なものを見る目で見ないでください!
 だってお腹が、お腹が空いてしまっているのです〜!
 前世は少食で食べたくても食べられない事ばかりだったんです。
 今はいくらでも食べられそうなので、美味しそうなものを見ると逃してなるものかと……!
 そ、それにミリアムもいけませんのよ!
 わたくしが食べてみたかった前世の料理を、なんでも再現してくださるんですもの!
 天才すぎます!
 王子にしておくのがもったいないです!
 わたくし専属のシェフとして、永遠に側にいて欲しい!

「…………本当にすっかり偏食令嬢から腹ペコ令嬢になったな」
「腹ペ……!? へ、変な呼び名をつけないでくださいませ!」
「お前がそんなだから、アークまで料理するようになるし」
「アークの作るご飯もとても美味しいですが、やはりミリアムの足元にも及びませんのでご安心ください!」
「なにが?」

 確かになにがでしょう?
 自分で言っててよく分かりませんね?

「ま、まあ、お前が俺の料理の大ファンというのは今に始まった事じゃないから、いいとして」
「はい! 大好きですわ!」
「んンンッ!」
「まだ話進んでないんですか?」

 テーブルに突っ伏してしまうミリアム。
 具合でも悪いのでしょうか?
 手を差し伸べようとした時、アークが軽食を持って戻られました。
 なんという事でしょう。

「まあ、まあ! ハムサンドは三種類も!? マスタード、クリームソース、レッドソース……悩ましいですわ!」
「ところで、婚約の話なんだけど覚えてます? 卒業の時にミリアムが主席卒業したら、ミリアムが王太子になって、卒業と同時に結婚しようねっていう話」
「おぼへてひまふは」
((本当かな……))

 早速頂きましょう!
 ああ、美味しいですわ〜! やはり最初は刺激の少ないクリームソースですわよね。
 ほんのりとした酸味のあるクリームが、お肉の旨味を引き立てます。
 パンの柔らかさ。
 中でもソースで美味しくなるのは野菜でしょうか。
 作り置きされていたせいでシャキシャキ感が損なわれているのは残念でなりませんが、ソースのよく絡んだお肉と野菜が、柔らかなパンに包まれて入ってくるのはもうサンバ祭りではありませんの?
 美味ですわ……!

「父がね、僕たちが卒業したら即引退したいとか言い出しているんだよ」
「…………」

 ごくん。

「……………………」
「水飲む?」
「頂きます」

 ごくごくごくごく……一気飲みしてしまいました。
 えーと、なんのお話でしたでしょうか?

「……ど、どういう事でしょうか?」
「だから、まだ若いのに引退したい……退位したいと言ってるんだよ、父上が。この国の国王が」
「…………。そ、それは、こ、ここでお話してよい内容ではないような?」
「時間の問題だし、無駄な足掻きだから大丈夫です」

 陛下、退位したいとおっしゃっているようですがアークたちのこの様子だと周囲の反対が凄まじいのですわね……。
 そんなの当たり前でしょうけれど……。
 だって陛下はまだ四十になられたばかり。
 さすがに早すぎます。

「ですが、なぜそのような事を言い出されたのでしょうか」
「王太子が決まったらそのまま引退まで考えていたそうですよ。絶対反対されるから、今まで言わなかった……って、分かってるんじゃないですかって話です」
「……まあ、アークがこの三年、本気だったら私は生徒会長にはなれなかったし、首席卒業も難しかっただろう。クリスの食事三食作って生徒会長になるとか、私の能力では無理だったからな。アークがクリスの面倒……主に料理を覚えてくれたのは、すごく助かった」
「はうっ!」
「しかもここ二年は間食でさらに三回食べてましたからね、君」
「はううっ!」

 だって、だってお腹が空いてしまうのです〜!
 今も気づけばもぐもぐ食べております。
 だってせっかく目の前に美味しいものがあるのに、手をつけないなんてお食事に失礼ではないですか!
 王子殿下お二人の話の最中だというのに、王子殿下お二人に失礼ではないのかと言われますとなぜかわたくしが食べる姿を微笑ましく眺めておいでですけれど!

「だがだからこそ今の自分の限界も分かる。卒業後すぐに玉座に就くのは……私には無理だ。傀儡にされる」
「んっぐ!」

 喉に詰まった、と思ったら差し出されるお水の追加。
 くっ、アークにはわたくしの行動予想が出来すぎではありませんか!?

「ふ、ふう……、……そ、それは……」
「父上はなんでも性急すぎるんですよね。せっかちというか……。クリスの始めた交易も、だいぶ軌道には乗り始めましたけれど……国益になる程の成果は出ていない。なのに、食糧を多めに買おうとするし」
「そ、そうなのですか……」
「でも、きっとこのままいけば周知も進みますし、国益になるくらい安定していくと思いますよ」
「…………」

 アークは、このようにわたくしの事をいつも気遣ってくださいます。
 ミリアムほどとは言いませんが、わたくしがお腹を空かせていて、程よい量の食事がなければ作ってくださる事も……。
 わたくしこのままではいけないと、料理を習う事から始めたのですが……作っている間にお腹が減ってしまうので、作っては食べ、作っては食べ……つまり盛りつけまでいかなくて……!
 見兼ねたアークが「君はただ座って待っていて。動くとお腹が余計に空いてしまいますよ」ととても恐ろしい笑顔で……あ、思い出したら震えが……。