「では行きましょうか」
「ええ」
気持ちを切り替えて、わたくしは扉の前に待機していた兵に頷いてみせる。
彼らは普通に護衛の兵です。
一応まだロンディウヘッド家は侯爵家ですからね。
お姉様たちの体調も気になりますし。
「失礼致します。体調はいかがですか?」
「! クリスティア……」
まあ、お父様とお母様に睨まれてしまいましたわ。
「…………」
あれ? 怖くない……?
睨まれたのに……体が震えない。
真っ直ぐにこの人たちを見る事が出来る。
「…………」
「クリス?」
「いいえ、なんでもないですわ」
部屋の中にはお父様、お母様、お兄様、お姉さ様、お義兄様。
皆様ソファーに座ってうなだれたような姿。
特にお姉様は顔面蒼白でハンカチを口元に当てております。
近くには医者、ですわね。困り果てた顔をしておりますわ。
あの方はお城の常駐医。
まあ、ですよねぇ。
「なんの用だ? まだ我々に恥を上塗りさせるつもりか? まったくとんでもない女になったものだな! これだから平民は……! これ以上なにを望むんだ!? ああ!?」
「父さん、落ち着いて! 立場を弁えてくれ! 彼女はもう王子妃となる地位を確立させているんだぞ!」
「くっ!」
……どうやらこの中ではお兄様が一番冷静、なのかしら。
お義兄様は我関せず……まるで自分は関係ありません、関わりたくありません、という顔。
そういえばお義兄様はお顔を今日初めてみたんですよね。
ああ、いかにもおモテになりそうないろおとこかおですわ。
とても凛々しく整っておられますわね、軟弱そうですけど。
「事後処理に来ましたの。本当はミリアムにもアークにも、エリザ様にもジーン様にも止められたのですが……」
あと地味に陛下にも「え、人に任せた方がよくない?」って引き留められたんですけどね?
でも来て良かった。
お父様に怒鳴られても、なにも怖くない。
あんなに顔を見るのも恐ろしかったのに。
それが分かったのは、わたくしの人生を大きく変えてくれる。
俯いて、怯える事しか出来なかったわたくしは——。
「ロンディウヘッド侯爵、そしてリーデン伯爵、本日はわたくしの用意した余興への協力感謝致しますわ」
「な、んだと?」
もうなにも恐れるものはない。
真っ直ぐにあなたたちを見て、話が出来る。
「お察しとは思いますが、本日の余興は我が国でこれから始まる新しい産業への宣伝と投資ですの。王城地下にもある冷凍洞窟……我が国にある数少ない資源を最大限に活用し、安定的に他国から食糧を輸入出来るようにするものです。その辺りの事は今後冷凍洞窟を持っている貴族との話し合いとなるでしょう」
ふん、とジェーン様が胸を張る。
そうですわね、主にジェーン様のような家の貴族が活躍する事となるでしょう。
ロンディウヘッド侯爵家は内政に携わるので、その恩恵は……望めない。
もちろんいくつもの商家を抱えているので財政的にも手伝って頂けるのならありがたいのですが……それはお父様たちの出方次第ですわね。
今回のアレやソレやは地位を揺るがす大失態……大スキャンダルですもの。
「っ……!」
けれど一番影響が大きいのはお姉様……リーデン伯爵家でしょう。
元々落ち目なところをお姉様と、その実家であるロンディウヘッド侯爵家が後ろ盾となり保っていた家です。
だからこそお姉様の暴走を、我が身の不貞という罪悪感も手伝って見て見ぬ振りをしていたリーデン伯爵ですが……まあ、ツケが回ってきた、というのでしょうね。
「ま、待っ……待って欲しい! クリスティア嬢! そんな、我々……いや、リーデン伯爵家はどうなるんですか!? まさかお取り潰しなんて……そこまでの事はなさいませんよね!? ね!?」
まあ、お姉様を庇うどころか我が身ですか。
お話に聞いていた以上に残念な方……。
「ロンディウヘッド侯爵は由緒正しきこの国の侯爵家ですわ! あなたの事だって、わたくしたちが買い取って育てなければ野垂れ死んでいたのですよ! 感謝されど、廃爵やお取り潰しになるような事はなに一つしておりませんわ!」
叫んだのはお母様。
お元気でなによりですわね。
お姉様はまだ気分が悪そう……でもしっかりわたくしを睨んでいる。
一応自分たちがわたくし次第でどうとでもなるのだとご理解頂けているようで……。
「…………まあ、そうですわね」
実際わたくしを、半ば虐待とも取れるような育て方をされてはおりましたけれど……戸籍のない子どもでしたから……ロンディウヘッド侯爵家を罪に問う事は出来ない。
お母様の言う通り、ロンディウヘッド侯爵家は今日の無様な醜態くらいしか非がないのです。
ああ、お姉様は別ですけれどね。
色々証拠も揃っていますし、本日のコレですし。
「ク、クリスティア」
「はい、なんでしょうか、お兄様」
あら。初めてお兄様に話しかけられましたわ。
お兄様とお話ししてみたかったので嬉しい!
「…………許してくれないか」
「…………」
絞り出すように、お兄様は告げた。
それから突然ソファーを降りると床に跪いて頭を下げる。
あらまあ〜。
「君が平民の娘だからと父さんや母さんや姉さんが意地悪をしていたのは、知ってた! それを止めなかった僕にも、責任はあると思っている! 怖かったからと言いわけは聞いてもらえなくて当然だ! でも、でも……今の生活が出来なくなって、生きていける自信はないんだ!」
まあ〜、正直〜!
お兄様すごいですわ! とても正直者で愚直な判断ですわ! 素晴らしい!
現状と自分たちの生活水準を照らし合わせて現状維持するためのプライドをかなぐり捨てたその判断! 見事という他ありませんわね!
今の時代の貴族の何人にそれが出来るでしょうか……多分いませんわよ!
「ご安心ください、そこまでの事は考えておりませんわ」
「! ほ、本当か!?」
「そもそも今回の件、わたくしの戸籍の件はお父様とお母様の凡ミスです。わたくしをどんな風に育てたかはさしたる問題ではございませんし、法的にも問題はありません」
前世の世界だったら逮捕ですけどねぇ〜。
「わたくしの気持ち一つでお父様たちを……ロンディウヘッド侯爵家をどうこうするつもりもございませんし、今回の余興にお付き合い頂きましたのであとの事はすべて今後のお父様、お母様、お兄様の手腕次第ですわ!」
「…………え?」
「当然でございましょう? クリス様よりご慈悲があるとでも思っておりましたの? 現状維持をなさりたいのであれば、ご自身たちのお力でなんとかなさってください。侯爵も、侯爵夫人も交友関係が大変広いそうでございますから? きっと皆様、お力添えを頂けると思いますわ」
「「「…………!」」」
……まあ、フィリーったら意地悪ですわね。
でも、そういう事なのですわ……。
「ごめんなさい、お父様、お母様、お兄様。今のわたくしには本当にそこまでの力も影響力もありませんの。本日平民の出自である事も知られましたし、学園の皆様には応援して頂けているのですが他の貴族の方々までは……」
「っ!」
「ですから、お兄様」
「…………」
お兄様を真っ直ぐに見る。
自分の罪をきちんと認めて謝罪もして、その上でみっともなく、生恥だと理解した上で、わたくしのような出自の者であってもなりふり構わず頭を下げられる……自分の守りたいもののために戦える…………あなたなら——。
「わたくしではなく、家を守るために必要な力をお持ちの方にその頭を下げてください。お兄様なら守れます」
「…………!」
ロンディウヘッド侯爵家がどうなるのか分からない。
少なくとも今のわたくしには後ろ盾になる力はありませんから。
それに、そうなる事をフィリーや王家の方々が許してくれなさそうなんですよね。
だから、頑張ってください。
「……ま、待ってくれ、待ってください……俺は……リーデン伯爵家は、それじゃあどうなるっていうんですか?」
「…………」
そう、問題はこちら……リーデン伯爵家。
こちらは無傷とはいかない。
ちょっとしんどいですが、これも……次期王妃に必要な『覚悟』。
「リーデン伯爵家はメアリ夫人の、クリス様への陰湿な嫌がらせ行為の件があります。もちろんリーデン伯爵もそれはご存じだったはず。知らないのであればそれはそれで問題ですわ!」
「い、いや……それは……いや、待ってくれ! 俺はなにも知らない! 本当だ! 彼女が学園にいる妹に手紙を送っているとは聞いていたけれど、それは仲がいいからだとばかり思っていたからであって……!」
「残念ですがリーデン伯爵! 伯爵ご自身にも姦通罪の嫌疑がかかっておりますの」
「っ!?」
フィリー、かっこいいですわ。
ジェーン様が一枚の紙を取り出しつつ、ルイナが扉を開ける。
すると隣室から三人の少女が兵士に連れてこられ、跪かせられた。
「きゃあ!」
「「!」」
「が、学生?」
「サブリナ・アーゲ、エナ・リジン、ジェニー・ロンズ……全員わたくしたちと同じ学生です。ですが……」
「ち、違う……いや、その……」
「……っ!」
にこり、とわたくしは微笑みます。
お姉様、この件は本当にわたくしもゾッと致しましてよ?
狼狽るリーデン伯爵。
顔を背けるお姉様。
お父様たちはさすがに事情を察して真っ青になり、嫌悪の表情でお姉様夫婦を見下ろした。
「まさか……子どもに手を出したのか? 学生に? 嫁入り前の令嬢たちに? まさか……まさか!」
「信じられない! メアリという妻がありながら! ケダモノ!」
お母様がヒステリックに叫んで扇子をリーデン伯爵に投げつける。
ああ、良かった。お父様もお母様もそういう常識はある方でしたのねー。……本当に良かった。
しかし、現実はお父様やお母様が考えているよりえげつないのです。
「いいえ、ロンディウヘッドご夫妻。彼女たちはリーデン夫人経由でリーデン伯爵とお知り合いになったのです。その後もリーデン夫人が手引きして、伯爵と逢瀬を重ねていたそうですわ」
「「!?」」
「なっ! なんだって!? じゃあ……!」
お兄様正解ですわ。
お姉様の『伝手』……それはサブリナ様たちと、そして彼女たちの幼心故の憧れを弄ぶゲス野郎の事でしたの。
夫婦揃ってゲスすぎますわよね。
最初聞いた時に気づきましたわ。
ああ、わたくしお姉様とは永遠に分かり合えない……と。
「な、なにが……なにが悪いというのかしら? わたくしはただ、彼女たちの想いと夫の願いを両方叶えてあげただけよ!」
おっとー! まさかの逆ギレー!
これにはお父様たちもドン引き顔ですわー!
もちろんわたくしたちもドン引きですわー!
「メアリ、お前! 正気か!? こんな年端もいかぬ娘たちを、自らの夫に……!? お前はそこまで愚かだったのか!? ケダモノ以下の所業だぞ!?」
「なによ! こんな浮気夫のところに嫁がせたのはお父様じゃない!? だったらわたくしがその浮気夫をどう使おうと勝手でしょ!?」
「信じられない……同じ男として軽蔑する……」
「な! 君だって若くて可愛い女の子が目の前にいて、しかも妻が好きにしていいと言ったら好きにするに決まってる!」
「あなたなんかと一緒にしないで欲しい……」
「そうよ! うちの息子はあなたなんかと同じではないわ!」
別な修羅場になって参りましたわ。
収拾がつかなくなりそうなのでパンパン、と手を叩いて一度止めます。
いえ、お父様とお母様とお兄様の意見にはわたくしたちも大いに同意いたしますけれども。
同意以外の感情がありませんけれども。
「わたくしはあんまり気にしなかったのですが、サブリナ様たちの親御様はどうお思いになるか……お分かりですわよね」
「ひっ! そ、それは……だが同意の上だ!」
「そういう問題ではありませんわ。リーデン伯爵はすでにロンディウヘッド侯爵家より、メアリお姉様を娶っておられる……既婚者ですのよ。しかもそれにあぐらをかいて、お仕事の方の成績は芳しくなく……」
「俺には合ってないんだ! 俺には俺に合った仕事が必ずある! それなのにみんな俺にあんな仕事を押しつけて……俺の容姿に嫉妬しているんですよ! そうじゃなかったら……」
「もう結構ですわ」
聞くに耐えませんねぇ。
こんな方が夫では、お姉様の性格がますます歪んでしまったのも仕方ないのかもしれませんわ。
まあ、だからと言ってやってはいけない事をやってしまったので許すわけにはいきません。
「リーデン伯爵とリーデン伯爵夫人には正式に起訴状が届いております。複数の被害届けと、彼女たちが学園で犯した罪の損害補償まで上乗せされて届いておりますのでお覚悟ください」
「なっ! ま、待て! 学園での事はメアリと彼女たちの独断だろう!? 俺は関係ないじゃないか!」
「彼女たちにその行動へ移らせたのは、他ならぬあなたのいかがわしい誘惑行為あってこそですわ! 大人なのですからしのごの言わずご自身の犯した罪をしっかり反省して償ってください! 伯爵家がどうなるかは、追って沙汰が下されるでしょう! ご自分たちの行いの結果はしっかり受け入れてくださいませ!」
フィリーかっこいいですわー!
……まあ、普通に考えてお取り潰しもやむなしですわよね。
貴族令嬢たちが嫁ぎ先を失ったようなものですから。
親御さんも頭にカッカっと血が上っている事でしょう。
責任を取らせるために嫁がせようにも三人もおりますし、調べによると彼女たち以外にもリーデン伯爵夫妻の魔の手にかかった女性とは数人いました。
それだけの数の『政略結婚』が潰れたのです。
親たちからすれば処刑してもいいとすら思っているはず。
しかもロンディウヘッド侯爵家は法的に裁かれる事はないけれど、その推進力は確実に減退します。
後ろ盾がなくなり、他の貴族たちからも訴えられ、元々グラグラだった伯爵家にはなにも残らないでしょう。
でも……。
「君たちは俺のこの美貌に、勝手に彼女たちが魅了されてしまっただけだと思わないのか! 事実俺は彼女たちに次期王妃殿をどうこうして欲しいなんて頼んだ事はない! 彼女たちに確認してくれればすぐ分かる! 俺は無関係だ! メアリがすべて勝手にした事じゃないか! なんで俺まで!」
「…………」
「メアリ! 君のせいだぞ! なんとか言え! 俺は関係ない! 本当だ! 信じてくれ! クリスティア様!」
「…………お義兄様はどこへ行ってもきっと元気にやっていけると思いますわ」
「クリスティア様!?」
確信を持って言える。
この神経図太い人、どこでも生き延びますわ。



