トレーニングマシーンの上に置いていた彼の携帯が鳴り響くと、姫岡さんは突然後ろを振り返った。
’やば’と思い隠れようとしたら、時すでに遅し。こちらの様子に気づいた姫岡さんが大きな足音を立てながら、入り口の方まで歩いてくる。
いつも通りの表情。少し汗で濡れたサラサラの前髪を揺らして、口をへの字に曲げて目を細めながらその場で仁王立ちする。
「覗きとは趣味が悪ぃな?」
そして掠れた声で言うのだ。
「別に覗いていたわけじゃあ…私だって朝からご飯の仕込みとかありますし!」
「フンッ。今日はたまたまだ。’たまたま’朝早く起きたからトレーニングをしていただけだ。
体作りは人に見られる職業である芸能人にとっては基本中の基本だ」
それだけ言い残すとタオルで額の汗を拭い、ふいっと後ろを向いてしまった。
「毎日がたまたまなんですね」
そう言うと、こちらを向いて顔を真っ赤にさせる。だからこの人はどうしてこんなに素直じゃないんだろう。
陰で努力している事って恥ずかしい事ではないと思う。寧ろかっこいいと思う。これだけ何でも持っている人なのに、努力まで出来ちゃうなんて。
「お前まさか…毎日このかっこいい俺のストーカーをしていたわけではあるまいな?」
ちょっとでもかっこいいと思ってしまった事は今の言葉で帳消しだ。
ふいっと姫岡さんから視線を逸らしてぶっきらぼうに言ってやった。
「別に見たくて見た訳じゃないし、勝手に人をストーカー呼ばわりするのは止めてください。
私はバイトの仕事上早起きなだけなんです。物音がするなと思ってトレーニングルームを覗いたら毎日のようにあなたが頑張っていたから」



