あぁ何で今こんな事を思い出すのだろう。りっちゃんの前でめいっぱい泣いてもう泣かないと決めたのに。
たかが失恋のひとつやふたつで泣くなんて、きっと目の前の男にとって’下らない’事に過ぎないだろうに。
床にぼたりぼたりと涙の粒が落ちて、水玉の模様を作る。
「おい、お前!」
ぽろりと瞳から涙が零れ落ちていって視界がクリアになり、そこに鮮明に映し出された姫岡さんの顔は…いつものような意地悪な笑いではなかった。
どこか心配そうな顔をしていて、こちらへ手を伸ばそうとしてきた。 長くて、綺麗な腕。そう思った瞬間横に置いてあった泥水で汚れたバケツを彼に向って投げつけていた。
姫岡さんのぴっかぴかの限定スニーカー。
高そうなビンテージものっぽいジーンズ。
そのふたつは泥水にまみれて薄汚れた。
怒鳴り声が飛んでくるッ!そう思い身構えたら、彼は無言で立ち上がり室内から静かに消えて行った。
代わりに瑠璃さんが慌てて駆け寄って、「大丈夫?!」と私の頬を両手で包み込む。小さくて柔らかいその手はとても温かかった。
「アハハ、図星つかれて大泣きなんて…私って姫岡さんの言う通り下らない女ですよね?」
「静綺ちゃん…」
「今年の夏は良い感じだった男の子と遊ぼうって張り切ってたんですよ。けれどその男の子私の仲の良かった友達と付き合っちゃって…
それが私と正反対の女の子らしくて可愛らしい子だったから、その子みたいになれればなんて思っちゃって。
見た目じゃなくって、中身が変わらなくっちゃ駄目なのは分かってるんですけどね。
私って姫岡さんの言う通り下らない女なんですよ…」



