(ナット編)

 ナット、二十五歳。先日、正式にティーザー伯爵家の当主となった。婚約者であるエレナとの結婚式を来月に控え、まさに公私ともに順風満帆と言ったところだ。

「あの……ナット様」
「どうした? この料理では気に入らないか?」

 同じ年とは思えぬほど童顔で愛らしいエレナが、ふるふると首を横に振った。
 
「いえいえ。お料理もお花も、すべて素敵でなんの問題もありません」

 今はふたり揃って、結婚式の打ち合わせ中だった。料理もお花も、先代ティーザー伯、ナットのお祖父ちゃんが張り切りまくって、湯水のように金をつぎ込み、用意してくれたものだった。

「そうか、なら良かった。では、他になにが?」

 ナットは不思議そうに首を傾げた。エレナはなにか言いたそうな顔をしているのだが、ナットにはまったく見当もつかないからだ。
 エレナはためらいがちに口を開いた。

「今更ですが……本当に私なんかが妻となって、よろしいのでしょうか?」
「なんか? しとやかで、作法も教養も完璧で、なにより可愛いし……孤児として育った俺にはもったいない女だぞ、エレナは」

 そもそも家格も、エレナの家のほうが上だった。「なんか」と言われるとすれば、それは自分のほうだろうとナットは思う。