きみに想いを、右手に絵筆を

 着いた先は、いかにも日本家屋といった風貌の実家だった。

 何の連絡も入れずに来たせいか、母さんは玄関の三和土(たたき)に立つ俺を見て、心底驚いていた。その目に涙も滲ませていた。

 頭の先から足元まで全身びしょ濡れで、指先からポタポタと水滴が垂れた。

 母さんがタオルを取りに中に入る。その際、「お父さんっ」と親父に声を掛けていた。

 母さんより先に親父が玄関へ顔を出した。

 相変わらずの無精髭にくわえ煙草で、厳しい顔付きをしながら俺を見ていた。

「和奏」と母さんがタオルを差し出すが、俺は親父をジッと見て、その場に膝を着いた。

「お願いします! 親父の油絵具一式、俺に使わせて下さいッ!」

「……わっ、和奏??」

 玄関の三和土で突然土下座する息子に、母さんだけが面食らっていた。

「勝手に家出てったのは、俺だし。い、今さらこんなの、頼めた義理じゃないのは分かってるけど……っ、お願いします!」

 思っていた事を一気に述べると、はぁ、と肩で息をもらした。

 顔を見せてから無言を貫いていた親父は、ようやく低い声を出した。

「……お前が描きたくて、描くんだな?」