☆綾星side☆

 ぜってー、このマンガ好きだろ。

 ほのかの奴
 嘘つくの下手すぎ。

 恥ずかしくて、俺によっぽど
 バレたくなかったんだろうな。

 
 俺が手にしているマンガ。

 それは女子高生に今、超絶人気らしい
 『ドロ甘な声が痛すぎて』

 通称、『ドロ痛』


 小説がずらりと並べられた本棚に
 マンガはこれだけ。


 ほのかが好きなマンガなんだろうなって
 すぐにわかった。


 別に、隠す必要なんてねえのに。

 好みなんて人それぞれだし。
 ほのかが好きな漫画なら
 俺だって読んでみたいし。



 そんな軽い気持ちで
 漫画を開いたのに。
 
 すぐに、除夜の鐘よりも重い後悔が
 ゴーンと背中にのしかかってきた。


 軽い気持なんかじゃ
 このマンガ読めねえ!

 頭丸めて
 寺に修行に行ってからじゃねえと
 全巻読破はムリ。



 まだ1巻の7ページ目。


 それなのに

 『雪ちゃん』のことが大好きな
 『レイジ』の
 ドロ甘でくどすぎるセリフに、
 鳥肌が止まんない。


『雪の口、
 俺の唇で、一生塞ぎ続けてやる』


『え……?』


『お前の口から、他の男の名前
 聞きたくねえから』


 なんか今、鳥肌がぶわっときた。
 ぶわっと。


 このゾクゾク感。

 ヌルっとしたこんにゃくを
 顔に当てられたような
 気持ち悪さなんだけど。



 俺の脳が
 明らかな拒絶反応をしているけれど。 

 『ほのかが好きなマンガ』という
 キーワードにすがりながら、
 次のページも開いてみる。


『雪、もう教室で喋んな』


『友達が話しかけてくれるから……
 それはムリだよ……』


『は? 俺の気持ちはどうなるわけ?』


『レイジくんの気持ち?』


『誰にも聞かせたくねえんだよ。
 お前の声』


 俺、今
 ホラーマンガ読んでたっけ?


 鋭く尖ったツララが
 背筋に沿って
 上へ上へとすべっていくような。

 未知の恐怖で
 震えが止まらないんだけど。 



 女子ってマジで
 こんな極甘なセリフに
 キュンキュンするわけ?


 俺、こんな痛い言葉。
 ぜってー言えねえし。



 このページの最後に
 ニコニコ笑顔のレイジがぼそり。


『殺したいほど、好き。お前のこと』



 はぁぁぁぁ~~??!!

 冗談なしにホラーだから。
 完全にサスペンスだから。

 
 レイジ!

 お前は猟奇殺人犯の
 一歩手前だからな!

 監獄に入ったら
 雪に触れられなくなるぞ。マジで。


 っていうか、雪!

 お前もレイジなんかにはまってんなよ!

 人生、振り回されて
 ぜってー幸せになれねえから!


 マンガの登場人物に
 本気で忠告する当たり。
 俺の頭ン中も、どうかしてると思う。



 やべ。わかんねぇ。

 このマンガの良さ。
 1ミリもわかってあげられねえ。


 たった9ページ目で
 ノックダウンを食らったマンガ。
 初めてだ。

 『ドロ痛』恐るべし……