ごめんって……
 何のこと……?


 何を……
 謝ってくれたの……?



 な……なんで?


 私の瞳の真ん前に
 綾星くんの顔があるんだろう……


 柔らかい感触が
 私の唇に伝わっているんだろう……


 数秒遅れで
 やっと私の脳が正解を導き出した。


 綾星くんに……
 キス…… されてる……
 


 え? え?

 ……キス?



 遊び? 冗談?
 それとも……何?


 綾星くんから、今すぐ離れなきゃ。

 アパートの階段を駆け上がって
 部屋に逃げ込まなきゃ。

 そう思ったのに……



「ごめん。忘れて……」


 唇が離れたと同時に
 弱々しい綾星くんの声が耳に届き、
 私は動けなくなってしまった。


「忘れてくれていいから……
 俺のこと。全部……」


 綾星くんの切なく苦しそうな声が
 私の喉をキリキリ痛めつける。


 『どうしてキスなんかしたの?』


 『どうして、忘れてなんて言うの?』


 聞きたいのに。
 綾星くんの気持ちを教えて欲しいのに。


 かすれ声さえ
 喉から出てきてくれなくて。
 立ち尽くすことしかできない私。


 そんな私を一瞬でも見ることなく
 綾星くんは私に背を向け、
 暗い夜道に消えて行った。