「お前さ、早すぎ」
「え?」
心を許した相手にだけ見せるような。
そんな特別感のある笑顔が、なぜか私の目の前にある。
これって……作り笑顔?
それとも本物?
子供っぽい笑顔が、さらにアイドル並みのさわやかスマイルに変わった。
万人受け間違いなしの笑顔もするんだと感心していると、私を見つめる瞳の奥がまた妖艶に光りだして。
いつの間にか、悪魔スマイルに戻っているし……
「もう忘れた?」
忘れたってなんのこと?
「立ち直り、早すぎ」
「え?」
「あんなド修羅場、俺に見せておいて」
アハハとお腹を抱えて笑い出した店員さんの言葉に、一瞬で蘇った惨めな恋。
店員さんの笑い声が楽しそうに飛び跳ねる中
『私は蒼吾さんの浮気相手だった』
むなしい現実を思い出し、一気に心が海の底へ引きずりこまれる。
「……いい……ですか?」
「ん?」
「私……帰っても……」
アパートに帰りたい。
帰って思いっきり泣きたい。
誰もいない。さ、一人だけの場所で。
ダメだ。
もう堪えられない。
涙……また溢れそう……
店員さんの顔を見ないまま小さく頭を下げる。
お店の自動ドアをくぐろうとした時、弱々しい声が私の足を止めた。
「わるい……」
「え?」
「調子……乗りすぎた……」
さっきまでの堂々とした態度から一変。
辛そうに唇を噛みしめる彼の姿に、心が押しつぶされるように痛んでしまう。
この心の痛みは、失恋のせい?
それとも、店員さんの苦しそうな表情のせい?
わからなくて。
頭が考えようともしてくれなくて。
涙とを流しながら立ち尽くすことしかできない私。



