早くこのお弁当屋さんから
逃げ出さなきゃ。
そう思うのに。
怖さのせいで
足と地面がべちゃべちゃの接着剤で
固められたように動かない。
その時、顔の筋肉が
すべて吊り上がっていた店員さんが、
フッと目じりを緩め
ふわりと柔らかい声を発した。
「食べたかったんだろ?」
「え?」
「オムライス」
いきなり……なに?
「作ってやるから」
私の目線に合わせるようにかがんで
ポンポンと私の頭に触れた店員さん。
お兄ちゃんが妹をあやすような
優しい笑顔に、
私の心がザワザワ揺れる。
「へんなこととか……」
「何? 期待してんの?」
ニヒヒと悪魔顔を取り戻した店員さんに
「そ……そういうんじゃ……」
と反発するも。
自信なさげに消える語尾。
恥ずかしさにも襲われ
顔があげられない。
「バーカ。なんもしねーよ」
「……」
「俺、女に興味ないし」
そんなことないよね?
私、知ってるよ。
見かけるたびに
たくさんの女の子たちに
囲まれているって。
「オムライスは、口封じな」
「え?」
「おいしいの作ってやるから。
ぜってぇ誰にも言うなよ」
「口封じって……何をですか……?」
「俺の本性、悪魔だって」
綺麗にそろった真っ白の歯が
確かに悪魔っぽく光った気がした。



