「どうしたの?」


「あ、副社長。
 なんでもないですから」


 慌て声の大野先輩を癒すように、
 蒼吾さんの陽だまりみたいな声が続く。


「大丈夫? 
 数字がどうとかって聞こえたよ」


「資料の数字を、
 広瀬が間違えて入力したので。
 副社長、すみません。
 資料を作りなおすのに、
 少し時間をもらえませんか?」


「広瀬さん、間違ってるのってどこ?」


 私をまっすぐ見つめる蒼吾さん。


 その瞳が優しすぎて
 余計に涙がこぼれそうになる。


「ここです。
 2000じゃなくて……200です……」


「なんだ。それだけ?」


 え?


「それなら、0を一個消しちゃおっか。
 俺、修正テープ持ってるから」


 社内プレゼンだし。いいよね?と、
 にんまり笑顔で
 大野先輩を見た蒼吾さん。


 その笑顔が、今度は私に届いた。


「広瀬さん、ごめんね」


「え?」


「俺の都合で、プレゼンの時間を
 早めちゃったせいだよね?」


「いえ……私のミスですので……」


「大野君のプレゼン資料って、
 いつも広瀬さんが作ってるの?」


「あ、はい」


「大野君のプレゼン評価が高いのは、
 資料が見やすいからでもあるって
 思ってたんだよね。
 だって広瀬さんが作る資料って、
 見る人のことちゃんと考えて
 作ってあるでしょ?」


「そんなこと……」


「あるよ。
 社長も見やすいって褒めてるから。
 自信もって」


「……はい」


 蒼吾さん、助けてくれたのかな?


 私がミスしたから
 フォローしてくれたのかな?


 私と付き合ってくれていた頃の
 蒼吾さんを思い出す。


 優しさだけで膨らんだ
 風船みたいな人だったな。
 蒼吾さんって。


 懐かしくて。
 なぜか涙がまぶたに溜まる。


 午後になって、部長にお願いされた。

 『今から、資料室の整理を頼む』って。


 張り切って資料室のドアを開けた瞬間、
 固まってしまった。


 資料室の中。

 私を待っていたかのように
 蒼吾さんが立っていたから。


 とびきりの笑顔で。

 私が大好きだった
 優しく包み込んでくれるような笑顔で。