「その手を放せ」

 景虎の低い声にハッとして目を開けた。

 いつの間にか、私の肩をつかんでいた手を、景虎が握って放させていた。

「なんだよお前は。誰なんだ」

 力ずくで腕を振り払った彼は、景虎を遠慮なく睨む。

「お前こそ誰だ。人違いをしているんじゃないのか。彼女は俺の妻だ」

「妻だって?」

 ぎろりと睨まれ、身がすくんだ私を守るように、景虎が立ちはだかる。

 すれ違う人々の視線が刺すように私たちを見ていた。

 彼らからすると、肩を掴んだ彼が悪役に見えるだろう。

「なんか揉めてるよ」

「警察呼んだ方がいいかな?」

 殴り合いになりそうな景虎と彼を心配する声まで聞こえてきた。

「行くぞ」

 彼は身を翻すと、私を抱えるようにして早足で歩き出す。

 騒ぎになると困るからか、正体不明の男はそれ以上追いかけてこなかった。