「なに?」

「私は、ぜーんぶ思い出してクリアな状態になって、改めてあなたと夫婦になりたいの」

「いやもう結婚してるから」

「そういうことじゃなくてー」

 夫婦って、届けを出すかどうかってことだけじゃないでしょ。

 私が夫婦を語るなよって感じかもしれないけど。

 ほら、今朝のフレンチトースト事件とかさ。私があなたの好物や苦手なものをしっかり把握していれば防げた事故だったのよ。

「お互いのすべてをわかりあっていないと、セックスもできないって?」

「セッ」

 続く音を飲み込んだら、歯の間から「ツスーウ」と謎の音が出てしまった。

 景虎は「夫婦になる」という意味をそういうことととらえたらしい。

 彼は彼で、ずっとおあずけを食らわされてイライラしているのかも。

 だから可愛い新妻が作ったフレンチトーストに一口も手をつけないなんてことができるのか。

「そうじゃなくて。私が覚えていないからうまくいかないことの方が多いじゃない」

「そうか、百歩譲って記憶を取り戻したい気持ちは理解しよう。だが、仕事とそれとは別だ。社長秘書の仕事をリハビリ代わりに考えてもらっちゃ困る」