とんと左手で、景虎の右肩を軽く叩く。私にはない筋肉の厚みが手に伝わってきた。

「落胆しているわけじゃない。大丈夫だ」

 彼はこちらを向き、私の手をとって握った。

「萌奈が辛い思いをするくらいなら、俺は忘れられたままでいい」

「え……」

 たしかに、めまいは生まれてから今日が初体験だったけど、思っていた以上に気持ちの悪いものだった。

 これから記憶を取り戻すたびに同等の不調が現れるかもと思うと、少し怖くなる。

「でも、そんなわけには」

 彼にも申し訳ないし、私としても恋した記憶もない人と一緒に暮らすためらいがある。

 早く彼のことを全部思い出して、スッキリしたい。

 彼もそれを望んでいると思っていたのに……。

「あなたは私がこのままでもいいの?」

 それはあまりにも、寂しいことじゃないだろうか。

 見上げた彼は、微かに首を縦に振った。

「記憶があろうとなかろうと、萌奈が萌奈であることに変わりはない。恋をした記憶がないのなら」