サボっていたわけでもないのに、上田さんは慌てて部屋を出ていった。ちなみに夕飯は九割できていて、あとは仕上げるだけになっている。

「具合が悪そうだったと、葛野に聞いた」

 葛野さんとは、社長秘書室長の名前だ。

 景虎は心配そうに、近寄って顔を近づけてきた。至近距離でのぞきこまれると、なんとなく恥ずかしくなる。

「なにか思い出しかけたんだって?」

 室長から情報は筒抜けになっているらしい。誤魔化しても意味がなさそうなので、私は素直に頷く。

 景虎はベッドの縁に座る。私も横並びになるように座りなおした。

「思い出したのは、あの秘書室のこと。原田さんや室長、佐原さんのこと」

 全てを思い出したわけではなく、断片的な記憶が甦っただけであることを、彼に申告した。

「そうか」

 彼は膝の上で指を組み、うつむいていた。

「そうガッカリしないで。短期間で少しでも思いだせたんだもの。あなたのことを思い出せる日もきっと、そう遠くない気がする。記憶喪失って言っても、きっと打ちどころが悪くて一時的に混乱しているだけなんだよ」