「私は奥様ってガラじゃないから。萌奈でいいよ」

「萌奈さま」

「んー、違う。ちゃんで。で、敬語もやめてもらおうかな」

 ビックリしたらしき上田さんは、青ざめて首を横に振る。

「めっそうもない」

 下手なことをして、派遣所にクレームが行ったら困ると思っているのか、上田さんはため口で話すことを拒否する。

 そういえば、実家にいた家政婦さんもこんな感じだっけ。けじめとして敬語が必要なのかな。なれ合い過ぎないように。

 私は「お嬢さん」と呼ばれるのに慣れていた。今は結婚した実感もないのに「奥様」だからなかなか慣れない。

「じゃあ、萌奈さんって呼んで。それならいい?」

「ええ、まあ……それくらいなら……」

 お互いの妥協点を見つけたとき、寝室のドアがノックされた。

「ただいま。大丈夫か」

 時計を見ると、夜七時。思っていたよりも早く顔を見せたのは、景虎だった。

「おかえりなさいませ、旦那様。お夕飯の支度をしてきますね」