ぼそっと零した私の言葉に、みんなが反応した。隣のデスクで仕事をしていた三十代の女性がこちらを見る。
「思い出したの?」
少し考え、私は力なく首を横に振った。
「完全にというわけでは……。このボールペンは皆さんが遊びに行った時にそれぞれ買ってきてくれたもの。それはわかります。仕事で使うから、皆お土産がお菓子とボールペンなんですよね」
三十代女性の前に座っていた同年代の女性が受話器を置き、こちらを見ずに言った。
「記憶喪失とか、演技なんじゃないの。早く仕事を辞めたいだけでさ」
「佐原さん、やめなさい」
厳しすぎる意見を、室長が止めた。
「彼女が事故に遭ったのは事実なんです。診断書もあります」
「実家が大病院なんだから、診断書もどうとでも書いてもらえるじゃないですか。いいですよね、恵まれている人は」
彼女は立ち上がり、ショートカットの髪を揺らして秘書室から出て行ってしまった。
すれ違う瞬間めちゃくちゃ睨まれたように感じたのは、多分気のせいじゃないだろう。



