大病院の娘。そのフレーズがやけに耳についた。
そっと体の向きを変え、後ろの様子を窺う。視界の端で男女の姿をとらえると、息が止まりそうになった。
なんだか聞き覚えのある声だと思った。そこに座っていたのは綾人だった。女性は知らない人だ。
私はまたゆっくりと、音を立てないように慎重に壁の方を向きなおした。鼓動が早くなる。どうしてこんなところで会ってしまったんだろう。
「親の会社がうまくいきそうにないからって、焦っているんでしょ」
「そうだよ。あの娘と結婚できれば、病院の役職につけるはずだ」
「綾人、医者になんの?」
「なれるか、バカ! 経営の方の役だよ。名ばかりのな」
相手の女性の鼻から抜けるような声に、強く罵声を浴びせる綾人の声。間違いなく、私との政略結婚のことを言っているに違いない。
「あの女を手放すわけにはいかないんだよ」
「じゃあ、もっと優しくしたら? 他の女と遊んでないでさ」
他の女と──。彼はろくに仕事をしていないだけでなく、浮気までしていたのか。



