「行ってきます」
「ひとりで大丈夫?」
記憶が戻っても、まだ子ども扱いだ。
「大丈夫、大丈夫!」
母に努めて明るく返し、家を出た。
待ち合わせ場所は、昨夜ご飯を食べたお店にした。会社から近いからだ。
昨日号泣した客だと気づかれると恥ずかしいので、伊達メガネをし、昨日は下ろしていた髪をゴムでくくった。
これで社員が通りかかっても、すぐには気づかれるまい。
私は壁沿いのカウンターに座り、コーヒーを注文した。これで入ってきた客からは、私の背中しか見えない。
景虎にここで待っていることをメッセージで伝え、文庫本を開いた。腕時計を確認すると、まだ午後三時。
念入りに身支度をしたのだけど、まだ早かった。景虎が順調に仕事を終えたとしても、会えるまでにまだ二時間はある。
落ち着け。ゆっくり読書をして待とう。深呼吸して文庫の表紙を開く。
ランチタイムが終わったところだからか、店内はさほど混んでいない。お茶をしている女性二人の笑い声が、近くの席から聞こえてきた。



