はあ、と萌奈の母はまたため息を吐いた。無理もない。結婚間近の娘が、婚約者の記憶をなくしてしまったのだ。そっちでも揉めていると思いきや。
『実は、まだ相手方と会えていなくて。あちらは今海外旅行中で、すぐには帰って来られないらしいんです』
ぷつん、と自分の中で何かが切れたような気がした。
海外旅行だと。当然連絡は行っているはずなのに、よくもまあ。行先がどこかは知らないが、三日あれば大概帰ってこられるのではないか。
的外れな怒りだということはわかっていた。だが許せない。
……いや、待てよ。これは逆に好機ではないのか? 俺は乾ききった唇を舐めた。
『綾瀬さん、お話したいことがあるのですがお時間をとっていただくことは可能でしょうか?』
萌奈の母も付き添いで疲れ切っているだろうが、チャンスは今しかない。
『ええ……夕方には家に戻りますが』
『では、一緒に夕食でもいかがですか。ご主人も一緒に』



