疲れ切ったその声に、目の前が真っ暗になった。問題とはなんだ。頭を強く打った影響が出たのか。
おそるおそる症状を尋ねると、萌奈の母は掠れた声で話した。
『それがその……あまり言いふらさないでいただきたいのですが』
『もちろんです』
『実は、ここ数年の記憶がすっぽり抜け落ちてしまったようで。二十歳の頃の娘に戻ってしまったんです』
萌奈の母も動揺しているのか、日本語が少しおかしかった。ゆっくり話を聞くと、つまり萌奈はここ五年の記憶をなくしてしまったのだという。
俺はごくりと唾を飲み込んだ。なんということだ。彼女は俺のことも忘れてしまったのか。
『すぐに思いだせるといいんですけど』
萌奈の母の深いため息が聞こえた。
『そういえば、萌奈さんは近いうちにご結婚されるんでしたよね』
『ええ……よくご存じで』
『差し出がましいとは思いますが、婚約者の方は、彼女の仕事についてどうお考えなのでしょう。つまり、萌奈さんをすぐ退職させるのか、あと数か月でも在籍させておくのか』



