余計なことは口にすまいと決め、数日経ったある日。萌奈は図書室にやってきた。
いつもと様子が違うようだった。頬や目が赤く、まるで涙を堪えているように見えた。
俺におすすめの本とやらを渡し、萌奈は去っていった。取り残された俺はぼんやりとその本の表紙を眺めていた。
彼女はもう、ここには来ないつもりだろう。なんとなく、そう感じた。
とてつもない虚無感が俺を襲った。他人にこれほど精神を揺さぶられるのは、初めてのことだった。
俺は、萌奈のことが好きだったのかもしれない。
気づいたときには遅かった。もう少し早く自分の気持ちに気づき、彼女と語りあえていれば。
今の結婚をとりやめさせ、自分の元に来てくれるよう頼みこむことさえ、今はもうできない。
どうか、幸せになってくれ。
俺は萌奈の文庫本をポケットにねじこみ、図書室をあとにした。ここにはしばらく俺も来ないことだろう。
終業後の静かな職場を離れ、車に乗り込む。そのとき、ポケットから萌奈の文庫本が滑り落ちた。表紙カバーが外れてしまったそれを、身を屈めて取った。



