時計を見ると、退院時間が迫っていた。早く部屋を空けないと、次に入院する人が入れなくなってしまう。

 洗面台に置きっぱなしになっていたコップと歯ブラシをケースに入れると、ノックの音が聞こえた。

 ゆっくりと開いたドアから、鳴宮さんが現れる。心臓が跳ね、緊張が高まる。

 昨日のスーツとは打って変わって、私服姿の彼は、ぐっと若々しく見えた。

「こんにちは」

 今日も非の打ちどころがない顔で笑いかける鳴宮さん。

「土曜日の病院はひっそりしていますね。昨日とは別の施設みたいだ」

「外来診療がお休みですものね」

 鳴宮さんは母と言葉を交わし、荷造り完了したボストンバッグを軽々と肩にかけた。

「さあ、行こうか」

 彼は当然のようにベッドに座った私の手をとり、立たせる。

「は、はい……」

 とりあえず、時間通りに退院しなければならないので彼に従う。

 受付でバーコードが付いたリストバンドを切ってもらい、病室に忘れ物がないかチェックされる。

「お大事にしてくださ~い」

 担当してくれた看護師さんは私ではなく、鳴宮さんを見ていた。入院中には見せてくれたことがない、会心の笑みを浮かべて。