「いつでもいいです。と言うか、差し上げますから持っていてください」

 私は精一杯の作り笑顔をした。

 本当は泣きたかった。これが最後だと自分で決めたくせに、早速後悔していた。

「……どうした。どこか痛いのか。おかしな顔をしている」

 景虎が立ち上がり、私に近づいてきた。私は後ずさる。

 長い指に触れられたら、私はきっと言ってしまう。あなたが好きだと。だけど、違う人と結婚しなくてはならないのだと。

 婚約者がいるのに他の男の人に恋をする、はしたない女だと思われたくなかった。

「大丈夫です。じゃあ、さようなら」

 涙が出そうになるのをぐっとこらえ、私は景虎の横をすり抜けた。

「おい……」

 後ろから聞こえた景虎の声は、私を引き留めようとしてくれたのだろうか。今となってはもうわからない。

 自分でドアを閉めた音が意外に大きくて驚いた。足元の床が抜けたような感覚に身を縮めた。

「っあ、はあっ……」

 大きく息をして見上げた景色は、シーリングファンが回る白い天井だった。パッと灯りがつき、夢から覚めたのだと気づいた。