「萌奈!」

 救急の入口から駆けてくる人がいた。しかし、遅い。ほとんど足が上がっていないその人は、私の母だった。

 顔だけは若く見える母は、私にすがるように全身をチェックする。

「景虎さんから連絡があったわ。大丈夫だったの?」

「……わざわざ来なくても、お父さんにカルテを見てもらえばよかったのに」

 トゲのある言い方に、母は悲しむよりも驚いたようだった。私が私でないような目をしていた。

「頭を打撲しただけ。副作用は記憶の回復」

「えっ。あなた、記憶が……」

 母は口を押え、言葉を失くした。ごくりと唾を飲み込み、私の顔を見る。

「……とにかく、ここじゃなんだから、帰って休みましょう」

 私を押しだすように背中に回された母の手から、数歩逃げた。母の手が空を切る。

「帰るって、どこへ?」

「どこって」

「景虎は私の夫なんかじゃなかった。そうでしょう?」

 母の顔がみるみるうちに色を失っていく。見張られた目が、真実を物語っていた。