があんと頭をやかんか何かで殴られたような気がした。聞き違いであってほしかった。

「う、嘘……」

 だって、私には結婚したばかりの夫がいる。なのに婚約者もいるわけがない。

「嘘じゃない。近々結婚するはずだったのに、突然連絡が取れなくなった」

 それは事故に遭った直後のことだろう。タクシーの割れた窓から飛び出た携帯は、あのとき壊れてしまった。

「びっくりして実家に連絡をしたが、「娘とは婚約破棄していただきます」とだけ返され、ますます驚いた」

 驚いたって言うか……本当に婚約していたなら、怒り狂うと思う。実際、彼も怒り狂うタイプに見える。

「婚約というのは……親同士も承認していたのでしょうか?」

「当たり前だ。お互いの病院と会社の利害も一致した、最高の結婚になる予定だった。もちろん俺は俺なりに、お前を愛していたつもりだ」

 つまり、政略結婚か。その点は妙に納得できる。だって綾人は、申し訳ないけど私のタイプじゃない。パッと見で、親のお金で遊んでいるのがわかる。