注文の品が運ばれてウエイターが遠ざかるなり、彼は話を切り出した。

「さっきはごめん。お前があんまり普通に仕事をしているものだから、頭に血が上って。連絡が取れなくなって、俺がどんなに心配したか」

 午前中のことが嘘のように、彼は落ち着いていた。心配していたとは言うが、どこか押しつけがましい響きを感じた。

「それが、実は……」

 私は名前も知らない彼に、自分が記憶喪失になってしまったことを告げた。信じてもらえないといけないので、念のため医師の診断書を見せた。

「事故に遭って……本当か? これ、お義父さんの病院だろう?」

「本当です。信じられないのも無理はないと思うけど」

「弱ったな」

 男はぽりぽりと頭を掻いた。半信半疑といった表情で私を見つめる。

「じゃあ、俺のことを覚えていないって言うのか」

「はい。二十歳以降に出会った方は、忘れてしまって……」

「俺は堺綾人。聞き覚えない? 親は医療系人材派遣会社をしている」

 サカイアヤト。アヤト……って、どこかで……。