電話に出てから一時間後、私はとある高級ホテルのラウンジにいた。

 コーヒーを注文し、文庫本を手に持った。それはただのポーズで、実は本など読める心境ではない。

 落ち着かず、そわそわと周りを見てしまう。何かあったら使おうと、途中で買った防犯ブザーを手で弄ぶ。

「待たせたか」

 突然後ろから声をかけられ、椅子から飛び上がりそうになった。振り返ると、午前中に私の腕を掴んできた男が立っていた。

 やはりスーツ姿は疑われずに会社に入るための変装だったのだろう。今は大きめのシャツにゆるやかなズボンを穿いている。

 そう、あの着信はやはり彼だった。彼は私と話をしたいと言った。私はそれを承諾したのだ。

 上田さんには、気分転換に出かけると言って自宅を出た。私の体調を心配した上田さんに引き留められたけど、なんとか言いくるめた。

 そして今、私はここにいる。

 彼は私の正面に座り、ウエイターにアイスコーヒーを注文した。こういう場所に慣れているのか、堂々としている。