週明け、景虎は私が電車で通勤するのを決して許さなかった。

 朝食を食べた後、景虎はスーツに袖を通して言った。

「今日は俺の車で一緒に行くから。無理な日はタクシーだ」

「そこまでして行く意味あるかな」

「そう思うんだったら、いつでも退社してくれ。俺は構わない」

 むろん、前みたいに記憶のない期間に出会った人にいきなり声をかけられてトラブルにならないようにとの心遣いだろう。でも。

「そういう言い方はないんじゃない?」

 たしかに今の私は二十歳までの記憶しかなく、会社では役に立たない人間かもしれない。

 自分でわかっていても、それを包み隠さない景虎の言い方は傷つく。

「そもそも、会社にいたら記憶が戻るかもしれないって理由で通っているんだろ。で、庶務課は君にとっていい効果があったか?」

「いや……それは……」

 ずっと緊張しっぱなしで忙しかった秘書課に比べると、庶務課は全体的な雰囲気がのほほんとしていて、居心地がいい。

 ただそれだけで、私の記憶を揺さぶってくれるようなことはない。